望月 利樹 さん
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ブログ
同窓生へのQ&A
白根高校で思い出に残っている
出来事は?
当時はバイク通学などできなかった(3ない運動の真っ最中)ので、3年間、ひたすら自転車で、果樹畑の中を通っていました。特に冬は八ヶ岳下ろしを真っ向から受けながら登校するのが大変でした。
また、入学してすぐ、4階の渡り廊下で周りを見たときに「前に富士山、後ろに八ヶ岳、周り一面桃の花」に感動しました。この情景を眺めながら、飯田龍太さんは校歌の歌詞を作ったのだなとしみじみ思いました。
2・3年生では自然科学部に所属していました。イモリやアフリカツメガエルを飼っていたり、学園祭の時にはトウモロコシの茎で和紙を作ったりと、楽しい活動でした。
当時は学校の裏手にクラスごとに畑があり、サツマイモを育てていました。夏休みに水やりをしたり、秋に掘ったもののあまり生育がよくなくてがっかりしたり。強歩大会ではPTAの方々がサツマイモを使って豚汁を作ってゴールした生徒に振る舞ってくれたりもしました。
現在のお仕事は?
高校に入る前は漠然と「先生になりたいなぁ」と思っていたのですが、3年間の高校生活を通して、「高校の先生になりたい」という思いが強くなり、大学卒業後、夢を実現することができました。いくつかの高校に勤務し、担任として多くの生徒と関わってきました。
令和2年の4月からは甲府商業高等学校に勤務し、今は1学年主任として働いています。今年度は新型コロナウィルス感染の影響で、これまでの学校生活と大きく変わったことがいくつもありますが、卒業後「この学校で学んでよかった」と思ってもらえるように頑張っています。